平成18年2月定例会産業経済委員会 3月9日


◆石井修委員
 商業振興課長にお聞きしたいと思います。昨年の秋と今年の1月後半に、私どもの新発田駅前に県立新
発田病院ができるものですから、反対側の駅前商店街の視察で、上越市の高田駅と長野県須坂市の駅と群
馬県を経由して、また新潟に帰ってきた視察が昨年ありました。今年1月末、新津、五泉、加茂、東三条、
長岡のそれぞれ駅前並びに駅前商店街を視察させていただきまして、繁盛しているというか、きれいに出
来上がっているというか、景観もよかったというのは、嵐委員やほかの委員もおられますけれども、長岡
が形態としてはきれいだなという感じでした。その視察した新津、五泉、加茂、東三条、長岡のいずれも、
駅が利用客ではないけれども南北あるいは東西に行き来のできる階段の連絡通路があるとか、エスカレー
ターが設置された連絡通路があるとか、エレベーターが設置された連絡通路があると。それと私一人で見
たのは豊栄駅でありますけれども、これはエスカレーターで上がって、東西に町が分かれている場合は東
西、南北に分かれている場合は南北につながるわけです。大体駅というのは町の形態の真ん中あたりを通
っています。それによって一つの自治体が東西に分断されたり南北に分断されている所が多いわけですが、
最近の傾向として、これは新潟市もこれからの計画に上がっているようですが、高架駅にして下を通れる
ようにすると。先ほど申し上げた駅は、高架駅ではなくて連絡通路としてこ線橋がありまして、鉄道を利
用しなくてもいいようなまちづくりをみんなしているようであります。一番新しいのが、今造っておりま
す豊栄駅のエスカレーターで上がっていって横へ移動してエスカレーターで下りるものです。新津駅のも
のはたしかエレベーターが設置されていたと思いますが、その東西あるいは南北を仕切っている公共交通
機関である鉄道を新潟駅は高架駅にして、それこそ下を通るわけです。都会へ行きますと、都会というの
は東京都ですけれども、山手線なんかでも、踏切はありますけれども、都心あたりに行くとみんな高架に
なっていまして、下を車が通れるようになっています。人も通る、車も通るという、正に東西あるいは南
北という意識がなくとも人がみんな通り歩きできるという町になっております。
 余り頭がよくないものですからそういう経験則で物を言うのですけれども、商業の振興を図るのに、こ
の話は何十年も前から実はあるわけなのです。なぜ地方都市が廃れていくかというその原因の究明という
ものがなくて、まちの活性化を図ろうというそちらの方ばかり考えている。なぜこんな地方都市になって
しまうのだろうという原因を突き止めない限り、気合いは入っているし、みんなやる気はあるのだけれど
も、やろうと言ってもどうやってやるのだと、何が現時点における地方都市の商店街が廃れていく原因な
のかと。
 私の所は地方都市の商店街ではなくて、半分はシャッターが閉まっている状態です。以前に、今の新潟
市長が新潟日報の記者の時に新聞に書かれたのですが、実は最初の赴任地が我が新発田市でして、木枯ら
し商い模様という記事を書いて彼は名を成して、それから東京へ行ってまた新潟に帰ってきて新潟市長に
出たという方ですが、木枯らし商い模様というのは、古い商店街では座布団の上に座って客が来るのを待
っていると。座布団の上に座って客が来るのを待っているというものは商売ではないということを20年く
らい前に書かれたものです。それでもそのころはまだそれで飯を食っていたのですが、時代の流れと言い
ますか、住民の意識が変化したのか、社会のシステムがそのように変化せざるを得なくなったのでしょう
か。
 東西の話からもう一つ先に進みますが、どこの都市でも郊外に衣料を担当している大きなスーパーがあ
ったり、ドラッグストアがあったり、パチンコ屋、家電屋、工具屋、大型のガソリンスタンドなどが町の
周辺にあるわけです。そして、ややもすると繁華街と言われる商店街はシャッターが半分以上閉まってい
て、ついでに、余り官官接待などはするなとかそういうことがあって、飲食店街も全くの閑古鳥が鳴いて
いる状態だと。日本の文化意識と言うか、そういうものもいわゆる住民の意識の変化ということになるの
でしょうけれども、いろいろな要因によって地方の都市が、古い町並みの都市がかんぺきと言っていいく
らい半分以上シャッターが閉まっているということは、商店街ではなくて住宅地と化していると言った方
が正しいかもしれません。何が原因でそうなったのだろうかと私は思うのですが、余り勉強していないも
のですので、専門の職にある商業振興課長、何かお考えがございましたらお聞かせいただきたいと思いま
す。

◎商業振興課長
 中心市街地あるいは商店街が衰退してきている原因ということでございます。委員の方が随分詳しいと
思いますが、私が承知している原因と思われることを幾つか挙げさせていただきます。
 一つは、中心市街地と言いますか、町全体が郊外化をしてきているということがやはり大きいのではな
いかと思います。全体として中心部の人口、日本全体も人口減少に入りましたけれども、中心部に住んで
いる人が減ってきているということ、郊外の居住者が増加してきているということ、それから町の中心に
あった公共公益施設、病院ですとか庁舎等が郊外へ移転してきているというようなこと、それから郊外に
大型店が進出してきているということで、全体として町が郊外化してきているということが一つ。
 それから、商業に目を向けますと、小売業全体の状況、小売全体の販売額というものがなかなか伸びな
い。平成8年をピークに今は連続マイナスの状況になってきているということで、中心部の中小小売業だ
けではなくて、郊外に出ている大型店自体も厳しい状況になっているということで、商業全体を取り巻く
環境が非常に苦しくなってきているということもあると思います。
 それから中心市街地の商店自体の魅力が若干低下してきているのではないかと思います。これは車社会
に対応できるような対策が中心部ではなかなか執りにくかったこと。駐車場が不足しているということも
ありますし、また店舗等を大型化しようとしても用地確保が難しいとか、あるいは地代が高いとかという
条件も入っているかと思います。そういった条件が重なることによりまして、中心部に空き地ですとか空
き店舗が増えてきて、今度はなかなかそれを改善できないという状態が放置されてきているということも
あるのではないかと思います。
 それから、商店、あるいは商店街のかたがたが今消費者が望んでいるニーズというものを的確に把握で
きなかった点も一部あるのではないかと考えておりまして、そういった様々な中心市街地を取り巻く環境
の変化に十分対応できなかったということが原因ではないかと考えております。

◆石井修委員
 私はもう30年も地方議会議員をやっていますので、自分の住んでいる所の住民との接触というのは強い
わけでして、町の生い立ちは常に監視をしていますが、新発田市では過去において、地方議会ですから余
り法人の名前を挙げていいのかどうか分かりませんが、大きい会社なのでいいと思いますが、それがいい
悪いと言っているわけではないのですが、スーパーのジャスコ、ダイエーが華々しく町のいわゆる商店街
のど真ん中に進出をしました。しかし、5年、10年たって撤退をしていきました。なぜ撤退したかと言う
と、その同時期に私どもの町の隣の当時の豊栄市、今は新潟市になりましたが、豊栄駅前にサティという
大型店ができまして、新発田市の人も豊栄サティにみんな買物に行きました。私も行ってみました。衣料
スーパーですけれども、世界のブランド品もコーナーで売っていたりして、やはり魅力があったのだろう
と思います。しかしそれも今は影も形もない。そのあとに私どもの隣の聖籠町にラパーク聖籠という遊園
地付きの大型スーパーができました。今はそれも無くなりました。その理由は、私どもの新発田市の一番
海手側の方に商業集積地なる地元のスーパーと工具屋や電気量販店が進出してそちらに客足を食われたこ
と。豊栄サティのおかげで新発田市からジャスコ、ダイエーは無くなりましたが、豊栄サティはラパーク
聖籠のおかげで下火になりまして無くなりまして、ラパーク聖籠は今度は新発田市内にできた商業集積地
のおかげで無くなりました。商業集積地のスーパーなどは今でもやっておりますけれども、そのあとに再
び、いったん退去したジャスコが新発田市の西新発田駅という駅前に、とんでもなく大きいショッピング
センターを造りましたが、なかなか思ったとおりにいかないようであります。無くなったラパーク聖籠の
跡にプラント聖籠と言うのでしょうか、入りまして今まだ営業をやっていますが、古い商店ですら無くな
りますけれども、実はこの大型スーパーもいつかは無くなるのです。ずっと未来永ごうそこで商売はして
いないのです。そういうものを見ると、やはり商業というのは非常に難しいのだなということは分かりま
すけれども、古い商店街というのは、やはり地方都市の4本柱になるのか3本柱になるのか分かりません
が、大事な地方都市の核なのです。それが今はずたずたになっている。その原因は何かと。魅力ある商品
がない、あるいは外交販売をしない。座布団の上に座って来る客を待っているという時代は過ぎたと思う
のです。
 私どもの商店街というのはずっと何キロメートルにもわたるいわゆる1本商店街なのですけれども、私
がまだ市議会議員の時分に、新発田川の土手の上に柱を立てて、戦後そこで屋台のようなものが発展して
商店街になった所がありまして、私ども新発田市では通称ハーモニカ長屋と言ったのですけれども、そこ
が片側の商店街ではなくて両側が商店街になって、その後、河川の改修をしなければならないと言うので
それを撤廃しました。新発田市ではその時期、両方の通路にある商店街すらままならないのに片側商店街
になったら、こんなものはひとたまりもなくみんな店を閉めますよと言われたものが、今日営々としてシ
ャッターも閉めないで頑張っています。御菓子屋さんもあります。それからもんぺも売っています。投網
も売っています。雑魚をすくう竹で編んだ網も売っています。それでも絶対にシャッターは閉まらないの
です。何でだろうと思ったら、そこは地方の住民の皆さんの情報発信地なのです。なぜ釣り具屋さんであ
んな小さいものをと、別に大きな商店に行けば一杯あるのです、株式会社上州屋とか釣り具の大型店も進
出してきていますから。でもそこへ行かないで釣り具屋さんへ行くのです。聞いてみましたら、そこはど
の川で今どんなものが釣れる、今どこが一番いいという情報交換の場なのです。そういうものは営々とし
て、二十数年前にあんなものつぶれるぞと言われたものが全然シャッターも閉めないで頑張っているとい
う、これがやはり地方都市の商業の在り方なのかなと思う点もあるのです。
 私はある意味において商業振興課という、あるいは産業労働部というだけではなくて、地方都市のまち
の在り方というものを商業の面だけではなくて教育の面から、あるいはまちづくりのトータルの面から見
て、縦割りの行政だけではなくて、何か県で市町村を見る、見方としてプロジェクトチームか何かを作っ
て、定例会ごとに委員会で地方都市の商業の活性化はという議論をするよりも、もっと前向きな原因究明
と、地方都市はこう在るべきではないかくらいの提言ができるようなプロジェクトチームを県庁内に作れ
ないものかと思っているのですが、いかがなものでしょうか。

◎商業振興課長
 まちの中心部の再生に当たりましては、商業の面だけではなくて都市整備の面も含めて検討することが
大事だということは御指摘のとおりだと思いますし、今回の中心市街地における市街地の整備改善及び商
業等の活性化の一体的推進に関する法律(中心市街地活性化法)の改正の中でも、これまでどちらかとい
うと商業面に中心があったものに対して、都市整備の面ももっと重視して検討すべきだということで方向
性が変わってきたわけであります。
 少し中心市街地活性化法の話になってしまいますけれども、今までは市町村が中心市街地活性化基本計
画を作って、実際のいろいろな活性化策を進めるのがタウンマネジメント機関(TMO)だったわけです。
今度の法律の中では、今までのTMOをもう少し発展的に改正いたしまして、これまでTMOは商工会あ
るいは商工会議所という商業関係の団体で作っていたわけですけれども、それに中心市街地整備推進機構
という基盤整備の面を中心に取り扱うそういう機構も一緒に入った組織として、中心市街地活性化協議会
を作りなさいということになりました。そういったものがこれまでのTMOに代わってこれからの中心市
街地活性化のけん引車になっていくという形になっております。
 県といたしましても、中心市街地の活性化についてはこれまでも産業労働部だけではなくて、土木部都
市局の都市政策課の方も一応取り組んできておりまして、都市局の方で21世紀新潟県都市政策ビジョンを
平成15年度に策定して、その中で中心市街地あるいは商店街の活性化に向けて検討等を進めなければなら
ないということになってきております。それで、これまでも特に大型店の問題をめぐりまして土木部都市
局、あるいは私ども産業労働部が一緒になって庁内に研究会を作っていろいろ検討してきたわけでござい
ますけれども、これから中心市街地の活性化に向けてまちづくり三法、都市計画法あるいは中心市街地活
性化法、大規模小売店舗立地法の改正を受けまして、一体どういう対策が必要になるのかということにつ
いては庁内でこれからも議論していかなければならないと考えております。
 ただ、具体的にどういう形で検討していくかについては今のところまだ検討中でございますので、いず
れにいたしましても中心市街地、あるいは商店街の活性化に向けて産業労働部だけではなくて土木部も一
緒になって検討していく必要があるのだろうと考えております。

◆石井修委員
 何かいわゆるまちづくり三法なるものがまた今取りざたされております。大体市町村で市街化区域を決
めるときに商業地域や工業地域や準工業地域、第何種の住居地域というものは聞いたことがありますけれ
ども、もともとそういう法規制があったわけです。今自分の周辺を見てみますと、いかにも簡単に大型店
がぽんぽんと建つと。今課長の方から国の方針のような話がありましたけれども、果たして国の方針とい
うのは信用していいのかどうか。大規模小売店舗における小売業の事業活動の調査に関する法律(旧大店
法)を大規模小売店舗立地法という改悪した法律によって、前にも言ったことがありますけれども、その
象徴的なのは県庁のすぐ前にあるトイザらスです。国の決めたことが日本全国津々浦々の地方都市に果た
して合うものかどうか。私はそういう意味で、先ほど申し上げた県庁内で地方都市の再生プランなりそう
いうものを地元に住んでいる皆さんの意識の中で意見を聴取すれば、国の方針とは合わないものは幾らで
もあると思うのです。
 例えば、道路を取りますと、東京都は雪が降りませんから歩道と車道に段差はあってもいいのです。雪
国新潟県もその国の作った法律どおりにするとすれば、冬場になると車道の除雪の雪がたまっていて歩道
は歩けないのです。そして車道を歩くとそこに大型トラックが走ってきて、よけようと壁に登ろうとして
も登れずに滑り落ちてきて、ひかれたという例があるわけです。そうすると、対処療法を執るのです。歩
道除雪の機械を造って売りまくって歩道除雪をするということです。そういう対処療法がいいのか、ある
いはもっと根本的に地方都市の商店街が朽ちていくと言うか寂れていくと言うか、その原因は何なのかを
究明するのか。砂漠のど真ん中に町を作るようなアメリカの法律に従って日本を改造していくという考え
方がいいのかどうか。私は地方都市の商店街、飲食店街というのは文化だと思っています。極端な言い方
をすれば、大型店というのは全部自分のところの商品を売っているのではないのです。あれは不動産屋で
す。不動産屋が来て大きい建物を造って、利益が出ると思って土建屋が仕事を取っても赤字を出していま
す。配管をする工事業者も赤字、電気工事業者も赤字。極端な話をすると、明日どうなるか分からない自
転車操業している建設工事業者の方がいいと言うのです。新潟県内にもそれと同じような商売をしている
人もいますけれども、そういうもので、例えば自分のところの売りたい商品が半分だとすると、あとは間
貸しです。あれは、地元の商店に、そこで商売をやっても売れないから自分の建物の中に入って家賃を払
いなさいと言っているのです。今のスーパーはほとんどそうです。そういうことで、大型店を開く場合に
独自の商品でやりなさいとか、規制をかけない限り、また、この大型店の出店をいつまでも許していれば
既存の商店街を壊すだけではなくて、まだかすかに息をしているものまで引っこ抜いてしまうのです。そ
して自分の店舗の中に入れて、売れようと売れまいと金を取るのです。こんな商法をいつまでたってもや
っているということは地方都市を全部つぶすことになると私は思うのです。一番冒頭に挙げた東西南北の
話はまたあとで答弁してもらうとして、今言ったものだけお聞かせください。

◎商業振興課長
 大型店の出店に関してでございますけれども、一つは、今回のいわゆるまちづくり三法の見直しで都市
計画法の改正がございまして、御存じだと思いますけれども、延べ床面積が1万平方メートルを超えるも
のについては、中心部の商業系の三つの用途地域に限定されるということと、郊外での出店が非常に厳し
く制限されるということでございますので、法律がそういう形で運用されれば、郊外での出店というのは
割りと厳しく制限されるのではないかと考えております。
 それから、大型店での県産品、県で生産した物を優先的に売るとか、あるいは地元の商店に優先的にそ
こに入ってもらうとか、そういうことについてどう考えるかということの御質問かと思いますけれども、
基本的には大型店がどういうものを取り扱うのか、そこにどういう店舗が入ってくるのかということは、
大型店とそこに入る人たちの経済的な商売の問題でございますので、それについて今どういう制限がある
とかという状況にはなっておりませんので、残念ながら、それについて大型店に義務を負わせるというよ
うな状況にはなっておりません。県産品を生産する方、あるいは販売する方でできるだけそういったもの
を大型店で売ってもらえるように努力していくというところが、今のところ一番有効な方法なのかなと考
えております。

◆石井修委員
 先ほどジャスコ、ダイエーが撤退をしたという話をしましたけれども、以前新発田駅前にジャスコがあ
りまして、それでその大型店に人が集まるものですから、駅前の商店街が職種転換をしたのです。衣料品
店がラーメン屋をやったりしてしまって、そのスーパーに合わせた商店街形成になってしまったのです。
ところがその核となったスーパーがいなくなったら商売を続けられなくなってしまう。みんなやめてしま
う。だからシャッターが閉まるのです。これは罪です。そういうものの中に行政の規制が入らない。最近
はやりの藤原正彦氏が文芸春秋にも書いていますし、国家の品格という本にも書いていますけれども、金
銭至上主義というだけでは地方都市は守っていけないわけです。そういったものに対する規制とかそうい
うものは、弱い者のためにあるのです。強い者のためには規制なんかは要らないし、強い者には弱肉強食
で規制も何もしなければいいわけです。やはり地方都市を守っていこうとすれば何らかの規制が必要だと。
それを国は撤廃したのです。ならば、県の条例でもいいだろうし市町村の条例でもいいので、そういうも
のに自分たちの町を守る、自分たちの県を守るという考え方が出てきて当然だろうと思うのですが、いか
がでしょうか。

◎商業振興課長
 法律ではなくて条例で地元の商店等を守るための方策を考えるべきではないかという御意見だと思いま
す。お話にありましたとおり、旧大店法を廃止しまして大規模小売店舗立地法になった時点で商業調整は
しないということで、規制緩和の方向というものがございまして、その流れ自体は今も続いておりますの
で、前のような商業調整に戻るということは非常に難しいと思います。
 条例等のお話につきましては、福島県商業まちづくりの推進に関する条例で大型店の出店についてのゾ
ーニングの方向性を出したものがございます。その中で、大型店の地域貢献策も条例の中で確かにうたっ
ております。なかなかそれも法的な根拠があるわけではございませんので、どこまで強制力があるのかと
いうのは非常に難しいのですけれども、そういう大型店に対してある程度地域に貢献するためのものを求
めるという取組というのは、確かに幾つか事例というのはあるわけでございます。そういったものが本当
に有効かどうかというあたりを、他県で取り組んでいる状況等も当然これから見て、どういう状況になっ
ているかということは研究していかなければならないと思っております。

◆石井修委員
 悪名高い地方議員の海外視察を我が県議会も自粛しましょうというような話が出ていますが、ヨーロッ
パに行きますと、イタリアなどは特に公園のベンチに座っていると、そのベンチ自体が何百万円も価値の
ある物でも堂々と町の中にあります。そして古いものを大事にしていくという精神はずっと残っています。
なぜ我が国にはそういうものがないのか。何かこの国は自分で守れる軍隊がないから、強いアメリカのか
さの中にいてアメリカの言うことは何でも聞かなくてはならないのか。極端に言えばそれくらいのことを
言いたいくらい、アメリカの言うなりに規制緩和をしますと、みんな取り払いますと。こんなことをやっ
たらこの国は砂漠に造った町と同じになってしまうのです。ヨーロッパはどこの地方都市へ行ってもみん
な文化が生きています。少なくともよその県はともかくとして、我が県は独自の考え方を示していってこ
そ観光にもつながるでしょうし、すべてのものにつながってくると思うのです。
 そういう意味で、国の方針というのはともかくとして、国の方針ということはお上の言うことを聞くと
いう意味です。新潟県より上位のお役所というのは国ですから、国の方針に従って我が県もやるのですと
いうことで、唯々諾々と聞いて、国の方針だけでこの県を運営していけるのかということを言いたいので
す。ならば、地方から国に対して意見は言わないのかということになるのです。縦割り行政の中で一番必
要なのは横断的ということで、商店街の活性化には必ず道路も河川も全部関係してきます。冒頭に申し上
げた東西で仕切られている、あるいは南北で仕切られている所を、具体的に言いますと、私の町では新発
田駅の山手側が住宅地で1万人住んでおります。地下道はありますけれども、駅前には来れません。車で
みんなう回してよそへ行きます。すぐ目と鼻の先に1万人が住んでいる住宅地があっても、羽越本線で仕
切られていて駅前の商店街は手を出せない。ならば、その1万人の商圏をすぐ駅前に導入する方法はない
かということ。それも一つの商業活性化の案だと思います。そういうものは産業労働部ではできないので
す。それならば、地方都市の再生プラン委員会のようなものを作って、いろいろな部局とこんなものをこ
うしたらどうですかという検討をする。私が冒頭に申し上げた新津、五泉、加茂、東三条、あるいは豊栄
にしましても、あれでは人の通りだけで、東西の壁は解消されていないし、南北の壁も解消されていない。
恐らくどこの駅でも駅裏と言うけれど、駅裏というのはそちらにも駅の降り口があれば駅前なのです。つ
まりどちらも駅前なのです。そういうものを連携、結合させていかないと、地方都市というのは守ってい
けないのではないかと私は思っていますが、そういうものを是非、4月からまた新年度になって皆さんの
ポストも替わるかもしれませんけれども、そういう部局横断的な地方都市のまちづくりプランのようなも
のを県でおやりになるかどうか、知事に聞けばいいのでしょうけれども、私はその話を今回できませんで
したので、部長あるいは課長でお答えできるのか、その意気込みをお聞きをして質問を終わります。

◎産業労働部長
 委員の非常に示唆に富むお話をお伺いしまして、商店街を含めたまちづくりをトータルで、恐らくいろ
いろな政策手段を用いてやるということだと受け止めました。単なる商店街だけをとらえていてもまちづ
くりにはなかなか結びつかないということだと思っております。そういう意味で、組織的にどのように取
り組むかということだと思いますけれども、新年度からは知事政策局という正にコーディネート役ができ
るわけでございますし、そういった所にも話をしながら、今後それぞれのまちづくりに向けて各部局でど
う連携していくかということも含めまして、話をしていきたいと考えております。