平成17年6月定例会産業経済委員会 7月11日


◆石井修委員
関連したような話でございますので、引き続き質問をさせていただきたいと思います。今からさかのぼる
こと30年くらい前に着手し、6年前に出来上がった、これは当時の建設省主導、新潟県では土木部が実施
したのですけれども、新発田川放水路。蒲原の大地に降る雨水、それを治水という立場で日本海にいち早
く流すという新発田川放水路。2年前には、3月26日に、蒲原平野の唯一の海の名残であります福島潟、
その放水路が2年前に 500億円という巨費を投じて完成されました。2つの放水路で 800億円の公金によ
ってあの地区の水害を解消するということで、2つの川で約30年かかりましたけれども完成を見たわけで
あります。
 当時私もまだ市議会議員でありまして、四国あるいは中部地方建設局というのでしょうか。ああいう所
に前例があるものですから視察に行きました。川とは名ばかりでありまして、川には水が一滴も流れてお
りません。川床をダンプトラックが土砂を運搬し、川の河床整備をしていたのでしょう。水のない河川、
しかもそこを堂々と大型トラックが運行し、運搬をしていた現場を見せてもらって、水の流れていない川
に水害の対策をしているということは大変なことだなと思いました。私どもは水害の恐怖におびえながら
1日も早く放水路を造っていただきたいという感覚でいた時代でしたので、実にその政治の流れといいま
すか、今日本の政治を動かしている根本はやはり九州、四国あるいは中部地方のあの皆さんがずっとその
政治のトップを走っておりまして、そういう流れの中で強い力が働いてああいうものの仕事をやっておら
れるのかなと、政治の力強さというものを、あの地区の歴史というものを感じざるを得なかったのです。
同じ日本の国でありながら、水の流れていない川に一生懸命に投資して河川を作っているのをかいま見ま
して本当にびっくりしたわけでございます。私どもの県からもあるいは東京以北からも優秀な政治家が出
て、是非日の当たらない地区に対して日を当てていただきたいなという気持ちをその当時持っておりまし
たし、亡くなりましたけれども我が県から総理大臣も出たということで、それだからと言って勢いついた
かどうかは別にいたしまして、見事に何百億円の治水の川が完成をしたわけであります。
 正にその当時私どもは水害の常襲地と言われておりましたので、水を利するという利用するという考え
方よりも、水を治めるという考え方が精いっぱいでありまして、頭はまるっきり 100パーセント近く治水
という頭ですべての人たちが動いていたような気が、今になってそう感じるわけであります。しかし最近
テレビを見ていますと、あの水の流れていない川を工事していた地区が、水がなくて作付けできないとい
うことが四国にありました。ところがいったん雨が降ると今死者まで出ているようです。自然の力の怖さ
というものをまざまざと感じているわけでありますが、人間の力を尽くしても尽くし切れないものがある
ということを、また再認識をしたわけであります。
 部長は国におられてこの4月に赴任してきたわけでありますが、四国という所の治水と利水というもの
はどうなっているのですか。あれは雨が降らなければ米も作付けできないと言って作付けできない状況が
テレビに映っていて、1週間もたたないうちに雨が降ったら今度は大変だという状況にあるという。私は
そういうふうにしかテレビでは見えないのですけれども、どんなふうにお感じなのでしょうか。それは水
を治めるのと水を使うという立場からすると両方とも今回は外れたわけでありますけれども、そういう意
味からするとあの地区で生活をしていくというのは大変なことです。特に農業の立場からすると、あんな
ふうに作付けできないとなれば、日本の農業の体質などというものは非常にぜいじゃくなのではないかと
いう気がするのですが、これは国として、あるいはそれぞれの自治体の県として、末端の自治体としての
市町村において、そういう認識というものは本当に徹底して、あるのかどうかそこら辺も含めてお伺いを
したいと思います。

◎農地部長
四国におきます治水や利水の状況がどうなっているかというようなお話ですが、まず地理的に台風の通り
道と言いますか、非常に豪雨の、梅雨もそうですけれども、ある所だと思っています。私、四国にはまだ
1度しか行ったことがないのですが、思ったより非常に地形的に山地が急峻(きゅうしゅん)な地形をし
ているということで、雨が降ればあっという間に、そんなに平野も多くないと思いますが、流出して下流
部で洪水の被害が出るのだろうと思っています。そういう意味では治水について非常に長い歴史があるか
と思っています。また一方利水について、これは瀬戸内海側は逆に用水としては不足している地域である
かと思います。雨が降ってもすぐに流れてしまうということで、それでため池等もかなり多くあるかと思
います。また利水のための事業もかなり何箇所でも行われているということで、これまで関係機関で利水、
治水ともそういう整備が進められていると思いますけれども、まだ今もって渇水になるとダムが干上がる
とかいろいろありますので、今後とも引き続いて対策が必要な状況であるかと思っております。

◆石井修委員
日本の国は瑞穂(みずほ)の国と言って、世界でも年間相当な雨が降って水は十分にあるのだという考え
方が強かったのか、したがって治水というふうなものが主な考え方として進めてこられたのかなと思いま
す。私自身は泳ぎを覚えたのは海ではなく川です。私どもが小学生のころはどんな小さな川でもせきがあ
りまして、農業用水として水を日本海に流さずに川にためておいたり、川もまた今のようにストレートな
川でありませんでものすごい蛇行した川で、簡単に言えば水持ちのいい土地柄と言った方がいいでしょう
か。以前、亀田郷というものは沼地でした。しかも船に乗って田植えをしたというふうに言われておりま
す。船に乗ったのではなくて板に乗って田植えをしたのですが、胸までつかるわけないですから、そんな
ところまでつかって田植えをすれば刈取りだって大変なわけです。かつては低湿地帯ということで、今私
ども新発田市から車で走ってきますが、低湿地帯というイメージはありません。もう美田になっている。
正に水はけの良い田んぼを作ってきたのだろうと思います。美田を作ってほ場整備をしたり、農林水産省、
農地部がスクラムを組んで、農業をやりやすいまた収穫の多い田んぼを作ろうということで進めておられ
ると思います。
 冒頭申し上げました、私は川で水泳を覚えましたけれども、今ほとんどの私どもの地域は、昭和41年、
昭和42年の連年水害で同じ川が2度も破堤してとんでもない災害を受けて、それから私どもの地域は正に
利水という意識よりも治水という意識がものすごく強くて、水をとにかく早めに日本海に流すんだという
意識しか、極端に言えばそういう意識で今日までいたのですが、同時に中小河川のせき、いろいろひ門と
かせきとか様々な呼び名がありますけれども、ほとんどなくなっている。そして流れた水は上から下へす
ぐに流してやると。したがって、雨が降らなければ水もないという状況なのです。四国なんかは正にそう
なので、天から水が降ってこなければ農業もできないという、これだけ時代が進んで文化が進んでおりな
がらまだそんな状況で、農業とは非常にぜいじゃくな産業なのだなということを私は感じております。
 それで当時の建設省、土木部の治水というものは大変有り難い仕事であったわけですけれども、一方で
は農業用水、あるいは我々の飲む生活用水もそうでありますけれども、いったんかれたら一体どうなるの
だろうという不安をここ数年私は抱いてきたわけであります。農地部の皆さんは湛水防除事業であります
とか、ほ場整備でありますとか、農業集落排水事業、農道の整備、用排水路の整備いろいろな事業をやっ
ておられますけれども、その利水、農水産物を作るために大事な、一番最低限必要な、水に対する考え方
というものは、これは農地部ではなくて農林水産部の審議でしょうか。農地部も多少答弁できますか。お
伺いいたします。

◎農地部長
利水についての考え方ということかと思いますが、新潟県はかなり排水不良、もともと低平地が多いとい
うことで、非常に農地の排水に力を入れてございますけれども、もちろん用水関係についても、結局ほ場
整備等を行えば排水がよくなって逆に用水の方がそれに対応して不足が生じるということがございますの
で、用水施設についても、やや後発的になるかと思いますけれども、その手当てもしていかなくてはいけ
ないということで、特にこれから米中心ではございますが今後地域ごとに新しい作物への取組等が始まる
ということで、水田について言いますと汎用(はんよう)水田化という整備も進めていかなくてはいけな
いということで、それに対応した排水の改良それから用水手当てをこれまでもやってきておりますけれど
も、そういういろいろな作物に対応できるような用水施設の整備についてもしっかり進めていきたいと思
っています。

◆石井修委員
そこでこの農業用水というものは非常に大事だと先人がそう思われて実施したのでしょうけれども、蒲原
平野の上流部分に加治川がございまして、加治川の上流部分に内の倉湖という人工湖を造ったわけです。
2,480万トンもためられると。私はその 2,480万トンは用水だと思っておりましたから、大体一滴も雨が
降らなければ1日 100万トンから 120万トン要る。そうすると約20日間雨が降らなくても大丈夫なんだな
と思っておりましたら、あに図らんや 2,480万トンためられるダムが、これは農地部主導で造ったダムで
ありますけれども、高さ 160メートル。その上にもう4メートルダムの高さを足して 164メートルの内の
倉ダムでありますけれども、その管理は今農地部がやっているのではなくて土木部がやっていると聞いて
おりますが、基本的には 2,480万トンためられるダムであるけれども農業用水に使用できるのは 1,690万
トン。そうすると20日分ではなくて11日か12日分です。それで渇水期になった場合には、到底水は足りな
いのだろうと思っておりますけれども、いろいろ課長なんかと話を個人的にしますと、まだダムが干上が
ったことは全くないという話でありましたが。
 もともと、この内の倉ダム建設計画、もう出来上がって実施しているわけでありますけれども、あの内
の倉ダムをなぜ造らなくてはならなかったのか。何らかの理由があったと思うわけでありますけれども、
それはたしか農地部主導で造ったと思うのですが、知っておられるならば、そこからまずひも解いていか
ないと水が余るとか足りないとかという話は出てこないと思うのですが、先ほど申し上げたようにダムが
なくてもせきで一杯水を止めておりましたから、それに代わるものがあったのだろうと思いますけれども、
なぜそうなったのか。あれを造らなくてはならなかった理由というものをちょっとお聞かせいただきたい。

◎農地計画課長
内の倉ダムの建設計画ということでございますが、この加治川流域の用水源については従来本川の加治川
あるいは新発田川そして新井郷川とその他の渓流に依存をしておりまして、河川の流量が不安定のうえ、
年々河床低下が起こりまして、委員先ほど言われましたような加治川の蛇行で流しんが変化したりしてお
りました。また取水施設につきましても老朽化しておりまして、取水困難で毎年干ばつの被害を起こして
いたということでこれを解消するために昭和39年に国営の加治川用水改良事業が着手されまして、加冶川
の支川の内の倉川でございますが、内の倉川に貯水ダムを造ったわけでございます。先ほど委員が言われ
ましたように農業用のダムとして 1,690万トン、それから上水が 110万トンでございまして、治水が 420
万トンということで造ってございます。ほかにその加冶川に頭首工を2か所、第1、第2頭首工を設けま
して、その取水施設の統合を図ったということでございます。国営事業につきましては昭和49年に完了し
てござます。以上でございます。

◆石井修委員
今ほどの答弁の中でありました内の倉ダムは利水ダムではなくて治水ダムだったということなのですね。

◎農地計画課長
利水ダムということでございます。

◆石井修委員
わかりました。治水と聞こえたものですからすみません。利水ダムのはずなんですよね。それが今の国の
進めている大規模営農、 300坪田んぼ 3,000坪の田んぼ、一町歩一反田んぼにして水がよくかかって水は
けがいい田んぼにしている場合において、その用水に使うための利水ダム、そのものだけで果たして大丈
夫なのか。昭和49年に完成したわけですけれども、その当時の農業のやり方。私の記憶ではコシヒカリと
いうものはまだはやっていない時期でわせ米専門、8月まで水をやれば足りるという時代から、今は正に
コシヒカリ80パーセントを作付けしている、あるいは90パーセントを作付けしている。そういうことにな
りますと、これはおくてでありますから正に8月9月にかけて水が要るという、全く品種の違うものを農
家が取り扱ったおかげであのダムの利用価値と言いますか、そういうものの変化というものをここ何十年
かに遂げてきているというふうに思うのです。それに対して例えば農林水産部、農地部これは表裏一体の
ものでありましょうけれども、そこら辺の議論を今日まで何度か重ねてきたと思うのですけれども、どん
な議論が今まであったのかどうかちょっとお伺いをいたします。
 課長たちも替わったばかりですから、今突然質問をされてもちょっとわかりませんということであれば、
次回に回しても結構です。今すぐにどうのこうのということはありませんから9月定例会でも結構ですの
で、今までそういうことがあったのかどうか調べてください。なかったらあったことにしてもいいですし、
何でもいいですが、調べておいてください。私はもう何年もたっていますから。わせ米を専門に新潟県の
農家がやっていた時代とおくてを専門にした今と1か月から1か月半水の要る時期が違うわけですから、
そういうものを、時代の変化とともに行政も変化をしながら、そういうものを研究課題として上げてきた
のかどうか、それを是非9月定例会に御報告を頂きたいと思います。続けます。
 国がいろいろな用水やそういうものの調査をやっていることは承知しておりますのでそれはいいのであ
りますが、昭和60年ごろと言っておりますが私はもっと早くからやっていたと思うのですが、十分足りる
と思ってきた水が足りなくて、48時間交替で右岸と左岸で水を分け合って、右岸側に48時間水を入れると、
左岸側には48時間一滴も水を出さないということで今もやっております。昭和60年以前からやっていたと
思うのですけれども、それは水が足りないからだと思うのですが、私は昨年の2月定例会の時に、今農地
建設課長が座っている席に前任の課長が座っていて、水は足りないのですという答弁を頂いたのですけれ
ども、どうも水は足りないのではなくて利用の仕方が悪かったのではないかという声も聞こえるのですけ
れども、その実態はいかがなのでしょうか。

◎農地計画課長
加治川流域におきましては、先ほど申し上げましたように昭和39年から昭和49年ということで国営の加治
川農業水利事業で造成されたものでございまして、国で現在行っております地域整備方向検討調査により
ますと、先ほどもお話がございましたようなわせ種が昭和30年代では70パーセントということでございま
したが、今なかてのコシヒカリが中心でございますが、80パーセントという栽培種の移行がございました。
それから施設の老朽化に伴いましての管理ロスとか漏水量の増加に伴いまして、特に第2頭首工の下流部
におきまして水不足が認められるということでございます。

◆石井修委員
水不足ということは認めていただいたのですね。では変わっていないということですね、水不足は解消し
ていないということ。輪番制もやっているのは御存知のとおりだということですね。国が信濃川水系土地
改良調査管理事務所等で3年かけて何千万円かかけて、年 1,000万円まで行かない年もありましたけれど
も、3年かけて調査をしていただいているもの、私もそれはある程度の評価をしておりますけれども、で
もそれは一体全体地元の、実際に水を利用している皆さんと、果たして話として一致しているのかどうか
ということは疑問に思っております。国の調査したものと県の調査したものと末端の自治体である市が、
調査したとは言いませんが、市がいろいろ回って聞く話とはかなりの乖離(かいり)があると思うのです。
 それはどうこう言ってもしょうがないものですから、県独自で、本当に水は足りているのか足りていな
いのか、国の調べは国の調べでありますけれども、県自体で独自の調査をしてみるのかみないのか。ここ
をちょっとお伺いをしたいのですけれども、部長でも課長でもよろしいですが、やりたいのかどうか。金
がないからしたくないのかということは別にして、金の話、予算の話はともかくとして、調査してみたい
かどうかだけ、まずお伺いをいたします。

◎農地部長
加治川地区で現在輪番かんがいが行われていて、先ほど農地計画課長も答弁しましたけれども、昔内の倉
ダムが造られたときから相当営農の形態も変わっているということで、用水のピークの時期も後ろに移っ
ていると。地元では、そういう営農の変化に併せて水を使っていかなくてはいけないということで、河川
の水をできるだけ有効に使いたい、また上下流でできるだけ公平な使い方をしたいということで輪番を行
っているのだと思っております。それはできるだけダムの水を渇水に備えて置いておきたいという意向も
働いているかと思っております。
 それでこれまで国の方でこの地域について、実は施設についてももう30年以上たっておりますので老朽
化が進んでいるということでやがて更新をしていかなくてはいけないと、そういう更新についての必要性
の調査を行うと併せまして、今言いました営農変化に伴う用水の使い方をしっかり対応していかなくては
いけないということで、そのために必要な用水施設の整備、あるいは必要ならばそういう水源も手当てし
なくてはいけないということで調査をされているところでございます。この調査の実施、進捗(しんちょ
く)については私も聞いておりますけれども、そういう状況について地元の土地改良区あるいは市も含め
てそういう途中段階での報告もされていると。また地元の方の意見も伺っている。もちろん県も入って、
そういう地元の意向も聞いているわけでございます。
 この地区についてどうやって対応していくかということでございますけれども、一つにはやはり今輪番
かんがいで相当年数やっておりますけれども、地域として今ある施設をできるだけ有効に使っていくため
には、こういう水管理の仕方そのものについても、もっと合理的な仕方がないかということでその辺も詰
めていく必要があるかと思っています。水管理の仕方を、そういう意味では新しい仕方にしていく、それ
に必要な水管理のためのシステムと言いますか、施設を入れていくこともあるかと思いますが、またそう
いう使い方について上流、下流でやはり意識を一つにしていただかないと、なかなかそういう整備もでき
ていかないかと思っています。県としては、まずこの地域で水利用の実態がまた営農の実態がどうなって
いるかということをもちろん自ら把握しなくてはいけないと思っておりますし、また将来事業化、合理的
な水利用について事業化していくに当たって地元の合意形成も図っていかなくてはならないと思いますの
で、そういう実態把握とまた必要なやり方について、県自ら調査をしていきたいと思っております。

◆石井修委員
県自ら調査をする。大変ありがとうございました。是非お願いをします。
 最後に一つだけ、用水という立場だけの調査は、偏った調査の仕方ですから、用水という見方だけでは
です。今環境問題とかそういうものは非常にうるさい時代でありますけれども、実は私は内水面漁業協同
組合の組合長もしておりまして、加治川の組合長でございます。河川の漁業権と水利権は新潟県土木部河
川管理課長が判こを押すことになっておりまして、私どもが10年に1度、漁業権を継続する時に必ず見直
し、継続する許可を頂くわけでありますが、用水についても、加治川については新潟県土木部河川管理課
長が権限者であります。今使われている私どもの用水は、この土木部河川管理課長の許可によって出てい
るはずなのです。だれに水をやっているかというと、農林水産省にお上げしているのです。権利を獲得し
た農林水産省が新潟県土地改良事業団体連合会なり、その下部組織である加治川沿岸土地改良区連合なり、
そこの傘下に入っている土地改良区なりに水分けをしてあるわけです。ただ入会権だとか既得権とか様々
な昔の言葉を使いますけれども、本来的には行政的に見ればそういうルートで権利、水を頂いて、あるい
は漁業権を頂いているわけでありまして、その中で私どもが漁業権を獲得している組合と水利権をもらっ
ている組合との話合いの中で、きちんと水を流してくださいよと確認をしております。本流の川には毎秒
5トン流してくださいよ、しかし皆さんも大変でしょうから最低毎秒3トンは頭首工を開けて水を流して
くださいよという約束事があったのです。そう思っていたのです。ところが昭和三十何年に、私は今組合
長をしていますが、当時の組合長がとんでもない同意を出しているのです。加治川の水について一切もの
を言いませんという。それをこの間見せていただきましたが、実はびっくりしました。あらゆる組織、あ
らゆる水に関する人に、皆同じ同意を出しているのです。その時代は組合長なり役員のかたがた、いろい
ろいいことをしたのかなと勘ぐりますけれども。私どもの川に東北電力株式会社の水力発電のダムがあり
ます。同じ文書で同意を出しています。果たしてその時代ですらそれは通用しなかったのだろうと思いま
すけれども、一般的には全然公開されていない同意文書でありました。私はそれを検証しなくてはならな
いと思っていますけれども、ついこの間、前の前の加治川沿岸土地改良区連合の組合長との話の中では毎
秒5トン、最低でも3トン流すと言っておりますけれども、8月になりますと魚道も全部ふたを閉めて、
水は本流に流さず全部用水に使っているのが実態であります。しかし、国の調べではそういうことは何も
調べておりません。したがって、農地部長が県で調査をしますと今おっしゃっていただいたのですから、
県も独自で様々な地元事情というものの、実態調査を是非お願いしたいことを申し上げて質問を終わります。

◎農地部長
加治川で今二つ頭首工がありますけれども、それについては、建設された当時にせきを統合しまして、必
要な利水の権利の許可を取ったうえで行っているものでございます。またその際には、委員もお話しされ
ましたけれども、関係する漁業組合の同意も頂いて行ってきているということでございます。今回、この
地区の水の使い方をこれからどうしていくかということで、そういう水利権に係るような話が出てくれば、
また改めて河川管理者とも協議していかなくてはいけないと思っておりますし、必要なそういう対応も出
てくるかと思っております。