平成17年2月定例会産業経済委員会 3月11日


◆石井修委員
午前中の審議で、皆川委員から震災に関した質問がございました。あの混乱した状況下で、特に農林水産
部長は、私ども防災服を着ながら自由民主党県連と県庁災害対策本部を行き来しながら、頑張っておられ
たことを拝見させていただいておりまして、よくやっていただいたと思っております。皆さんがあの震災
の際に県庁西回廊2階の災害対策本部で活躍していただいたことを本当にお礼申し上げる次第であります。
 10月23日の午後5時56分の震災を受けて、前知事を先頭にした第1回目の対策会議、風聞では10時に開
かれたと言われておりまして、30分から1時間のの第1回目の対策会議というふうに私は聞いておりまし
たけれども、それが事実なのかどうか。何度会議が開かれたのか、これから順次聞いていきます。第1回
目の対策会議を開いたのは23日午後10時と聞いておりましたけれども、それが正しいのかどうか、その会
議でどのようなことを語られたのか、会議の議題として出たのか。これは地震の初動体制の一番大事な部
分を占めるわけでありますので、部長は当然そこにおいでだったと思いますけれども、どのような第1回
目の対策会議だったのかお聞かせいただきたいと思います。

◎農林水産部長
少し私も記録がないので記憶は定かでございませんが、一番最初に、地震が起きた段階では、まず現状に
ついて全然状況が分からないという中で、各部局についての現状把握をするようにというお話であったと
記憶しています。

◆石井修委員
その10月23日午後10時に行われた第1回目の対策会議後は、風聞によりますと、県政のトップは県庁にい
なくて、会議が終わったら公舎に帰られたという話を聞いておりますけれども、部長はそれを認識してお
りましたか。

◎農林水産部長
会議後にどうされたかは私の方では認識しておりません。

◆石井修委員
翌日24日の午前9時半に第2回目の対策会議が開かれたと聞いておりますけれども、私もその午前9時こ
ろに陸上自衛隊第12旅団長が午前9時前にヘリコプターでそこのヘリポートに降りられて、自衛隊では異
例のことだそうでありますけれども、災害県の県庁に対策本部、いわゆる自衛隊の言葉で言えば指揮所と
言うのだそうでありますが、初めて指揮所というものを県庁に設けて、現場の被災地の県庁に設けたのは
初めてだというお話を聞きました、それはあとでですけれども。確か24日の午前9時半の第2回目の対策
会議だと思いますけれども、その時には知事に当選していましたが知事ではない現知事と自衛隊の第12旅
団長が、当時の現、24日まで知事であった前知事を挟んで対策会議に臨まれておりました。そのときの2
回目の会議の時には、1回目の会議は状況を掌握するためといって会議は開いたけれども、現地の情勢は
ほとんど入っていないということだそうでありますけれども、24日午前9時半の対策会議ではどのような
ことが諮られたのですか。

◎農林水産部長
3日午後10時の対策会議を受けまして、その翌日の第2回の時までに各部局で把握できている状況等につ
いての報告があったと記憶しておりますが、情報等が錯そうしておりまして、まだ具体的な状況把握と
いうまでには至らなかったのではないかと記憶しております。

◆石井修委員
そうすると、そのとき現職であった前知事は、あの10月23日に起こった震災に対して、最高権力者である
知事としてどのような対策も指示しなかったということですか。

◎農林水産部長
初動の段階では、たしか対策というよりも現状をどうするのかというお話が、まず先であったように記憶
しております。

◆石井修委員
緊急時の状況把握というのは確かに大事でしょうけれども、あらかじめああいう震災に当たって初動体制
をどう取るかということは、状況把握以前に動かなければならない、いろいろな指令等がなければならな
いと思いますけれども、そういう話は1回目と2回目には出なかったのですか。

◎農林水産部長
私の方も危機管理の方の事務局にいたわけではございませんので、細かにそのとき、どのようなやり取り
があったかということは記憶にございません。

◆石井修委員
県の庁議メンバーである農林水産部長、各被災地に対して23日の夕食を届けることはできませんでしたけ
れども、24日の朝食は、作ろうと思えば作れたわけですけれども、結局スムーズにいかなかった。24日の
昼食もだめだった。ごく近い越路町ですら、夕食を届けるにとどまったということです。その間に現職知
事としてやらなければならないことは一杯あったと思うのですけれども、この朝日新聞を見まして、県政
の12年ということを回顧録のように書いてありますけれども、本人が直接山古志村の村長と連絡を取った
わけではありませんで、間接的に連絡が取れたのは発生から約5時間後と。発生から5時間後ということ
は、午後5時56分に震災が起きて約5時間後ということになりますと、ちょうど対策会議のころでしょう。
その時、そういう情報を知事は知っていたといいますけれども、農林水産部長もその会議に出ていたので
すが、その時そういう情報は入っていましたか。

◎農林水産部長
山古志村長との連絡、その対策会議を開いた段階で、知事との間でやり取りがあったかどうかは私には分
かりません。

◆石井修委員
農林水産部のかかわる問題として、導入部分で今このことを検証しているわけでありまして、この初動体
制というのは全庁体制でやるわけですから、農林水産部がこの震災に対して大変な貢献をしたことは私は
現場で見ております。企画主幹をはじめ皆さん、対策本部に張りついて、被災した皆さんに食料供給、そ
して車の手配、各自治体等の手配、いろいろあったわけです。それは農林水産部長が指揮してやっておら
れたことを見ております。そして、先ほどの皆川委員の発言の中で、当初、乾き物でもいいから口に入れ
られる物を運べということで動いていたことも承知しております。25日ころになると、ようやく自治体か
らも支援があって、皆さんの手配の下で被災地におにぎりはじめ水、そういう物を届ける準備体制が整っ
たようであります。それは初動体制として非常に重要なのです。
 先ほど農林水産部長から答弁がありましたが、そういう炊き出しが間に合わない場合は業者に頼んで何
万食分をどうこうするという答弁がありましたけれども、私は先ほどの答弁の中に、名古屋市、仙台市、
札幌市の駐屯地からも陸上自衛隊が協力をし合って、新潟県中越大震災の対応のために今までにない体制
を取っていただいたことが一言も出てこなかったこと、それが非常に残念だなと思っております。あの自
衛隊の、ビッグスワンのアスファルトの駐車場からはみ出るくらいの自衛隊の食料隊が、飯を作ってくれ
て、豚汁を作ってくれて、被災地の各地区へ、約20機と聞いておりますけれども、輸送ヘリコプターを飛
ばして、道路、ライフラインがないわけですので、やっていただいたということを、どれくらい県民の皆
さんに理解していただくのか、私はここが非常に大事なところだと思います。特に、生命を守るために食
料供給をやった農林水産部として、総合的に勘案されてこういう問題の取扱いをどうするのか。今ここで
検証して、あとの人たちのために残していかなければならないときに中途半端な締めくくりでは困ると思
います。
 私は日本人的な文化からすると、大変な所にはみんなで協力して、ボランティア精神をこのときこそ発
揮して協力してあげようという気持ちは、日本人のみんなの心の中にあると思うのです。そこに私は、業
者という、唯物論的に1個幾らの物を買って出せばいいということではなくて、協力できる各自治体、そ
の中のボランティア精神を出していただいて、業者から買うよりも気持ちのこもった、お金のかからない
ものをどう提供できるかということが中心になければならないと思います。私は自衛隊の協力、災害派遣
するという自衛隊は本来の自衛隊ではないという議論もあるようでありますけれども、あの災害時に自衛
隊のやってくれた力というものは、我が県民がこぞってお礼を言わなければならないと思うのです。
 しかし、自衛隊を動員してやるとそれなりの経費がかかるということはありますけれども、皆さんがそ
ういう全庁体制の中で取り組まれたときに自衛隊の支援によって生み出された食料に対して、県が例えば
自衛隊に何がしかのものを払わなければならなかったのかとか、これは御存じですか。

◎農林水産部長
今委員のお話がありましたように、いち早く自衛隊のかたがたから展開していただいたわけでございます
が、やはり一つの問題点は、私もちょうど翌日からそちらの方の仕事をさせていただいたわけですが、そ
の基地をどこに展開するのかと。一番いいのは、新潟市から運ぶのではなくて、長岡市でどこかないかと。
これで約半日くらい日にちを費やしました。これはやはり一つの反省点として、あらかじめ県内各地で災
害が起こったときに食料を供給する基地、スペースをどこに確保するのかといったことをやはり決めてお
かなければならないのではないかということは、非常に痛切に感じたところでございます。そのあとに、
ここの県庁の外来駐車場を全部つぶしてここでやるかとか、いろいろな形で半日ほど費やして、ようやく
ビッグスワンで食料を供給しようと。
 そのときにもう一つ私どもが感じたことは、今委員からお話があったように、自衛隊の方は機材もすべ
て持ってきていらっしゃるのですが、問題は、食材をだれが提供するのかと、だれの負担でやるのかとい
った問題について、あらかじめそういった対応ができていなかったということがあるのではないかと思い
ます。やはり当初の場所の問題もそうですし、自衛隊がそこへ行ったときに、そこにどれだけの食材が集
められるのかといいますと、例えば今回の例でいきますと、被災地の長岡市においては食材を集めるとい
うような余裕はないわけでございます。やはり今回の事例を参考にして、災害がどこに起こった場合には
どこの場所で食料基地を展開して、そこに対して食料をどういう形でどこから運ぶということをあらかじ
め決めておかなければならないのではないかと。負担の問題につきましても、ようやく数日たって、負担
については自衛隊でというようなお話もあったように聞いております。後々いろいろ聞いてみますと、や
はり災害が起こったときの自衛隊食料部隊の食材をどうするかということはその段階では詰めていなかっ
たというのが実態で、自衛隊の方にも負担が大分かかってきたというふうには聞いております。

◆石井修委員
食料の支援体制ということで、少し突っ込んだ話をさせていただいたわけでありますが、これは非常に緊
急時の大事な要素でありますので、なおよく検証されて、こういうことを指示したり支援を受ければより
スムーズに最大の効果を上げられるのだということを、あなたは現場におられたわけですから、今度は総
務部長になるということでありますけれどもあなたがその場にいて、あのときは農林水産部長であろうと
たとえ総務部長であろうとどこの部長であろうと、いた方がやらなければできなかった状態にあったと私
は判断しておりますので、是非、後に続く人たちにああいう状況下の時はこうするのだということを、も
う一度検証し直して後輩の皆さんに伝えていっていただきたいと思っております。
 話を元に戻しますけれども、10月24日の午前9時半か10時の第2回目の対策会議のあとに最高責任者で
ある前知事はどうもヘリコプターに乗って1日空の上を飛んでいたという話を聞きますが、それはそうだ
ったのですか。

◎農林水産部長
申し訳ございません、私の記憶も定かではないので、その辺は確認できておりません。

◆石井修委員
定かでない方が都合がいいかもしれませんけれども、それは部長にとって都合がいいのではなくて前知事
にとって都合がいいのかもしれません。それはただの私の所感であります。
 ああいうときに、私は県庁や我が党の県連にいただけではなくて現地にも行ってみました。実際におに
ぎりを持って、水を持って、越路町へ行ってまいりました。町長以下、町の職員の皆さん、議員の皆さん
まで総動員して、持っていった支援物資は手際よくそれぞれの集落の代表が軽トラックに乗って取りに来
て、持っていった物が即各集落に運ばれたことを目の当たりにしまして、すごい町だなと思いました。
 一方、翌々日くらい、約8,000食のおにぎりと4トンの水を11トントラックに積んで長岡市に持っていき
ました。長岡市が悪いというわけではありませんけれども、二、三年前か去年入った新しい市の職員の方
が対応してくれました。午後4時ころに着いたのですけれども、夕食に間に合わせるように持っていった
のですが、民間のボランティアの皆さんがおられまして、さあこの荷物を降ろそうという段になったら午
後4時でした。民間のボランティアは午後4時になると帰るのですね。その日は午後4時で帰りました、
事実から申せば。毎日どうしたかは分かりませんが、午後4時になって帰りました。ですから、現場を見
に行った私は手伝わないわけにはいかないので、一生懸命まずおにぎりを降ろしました、8,000食。水をそ
こで降ろせるかと思ったら、別の体育館の方へ持っていってくれというので、そこにはどなたか手伝いを
してくれる方はいますかと言ったら、いるはずですというお話しでしたので、長岡市南部体育館へ持って
いってくれというので持っていきましたら、年配の管理者が一人おりまして、そこへ降ろしてくれという
ことでありました。どなたも手伝いに来ませんでした。
 そのあと、汗をかいて降ろしての帰り道、長岡市の街中を通りましたら、大和屋は別としまして、街中
で大丈夫だったお店もありまして、若い女性が犬を引いて犬の散歩をしている方もあれば、喫茶店でコー
ヒーを飲んでいる方もいますから、人それぞれでありますけれども、その末端の自治体のなんと言います
か団結心と言いますか、被災に遭われたかたがたに対する思いやりというものが、隣の越路町と長岡市で
はずいぶんと対応が違うのだなということを実際に経験しました。
 そういう時に当たって、トップに立っている市町村長、特に我が県にとっては県知事もしかりですが、
どういう指導をしたのかということを、この23日夜10時の会議と24日朝9時半の会議ですか、10時の会議
ですか、これを見ていても、きちんとした庁議メンバーである農林水産部長の口を通じても、どういう指
示であったのかということがよく聞けないということは、もう一歩間違えば初動体制を取り損なったので
はないかと思わざるを得ないわけです。ですからよく検証して、回顧録を書くほどの年代でもないのに出
している前知事もおりますけれども、問題にならないということを申し上げたい。
 もう一つ突っ込んでお聞きすれば、この地震の問題は正に農林水産部の皆さんが主軸になってやったと
私は認識しているものですからお伺いするのですけれども、24日24時、25日0時0分に新知事が名実共に
知事になられて、その0時0分になぜ対策会議を開いたのですか。部長は御存じですか。その会議に出席
をしましたか。

◎農林水産部長
24日24時ということでございますが、これも今の知事が、御自分が知事に就任した段階でまず一番に間髪
を入れずに対策本部を開き、そして対応を、自ら陣頭指揮を執るのだという意思の表れだったとお聞きし
ております。

◆石井修委員
その時、かいつまんで、25日0時0分の会議にはどのようなことが話されましたか。

◎農林水産部長
申し訳ございません。なかなか記憶がもうないものですからあれですが、ただ、地域で何が求められてい
るのかということをきちんと大至急挙げてきなさいというお話があったのではないかと記憶しています。

◆石井修委員
部長にそれ以上のことを聞いても、部長は思いやりのある方ですから思っていても言えない部分もあると
思いますのでこれ以上は言いませんけれども、農林水産部長にしましても、あるいは知事の立場にしまし
ても、副知事の立場にしましても、ああいうときにおろおろしてはだめなのです。
 もう1件、これも農林水産部には関係ないかもしれませんけれども、被災地の皆さんが、家がなくて野
宿をしていると。新潟県は地震の被害を受けたと。新潟県の観光地ではみんなお客さんからキャンセルを
くっているわけです。そうしましたら旅館業界から、幾らでもいいから、どうせ何万人もキャンセルを受
けているから、おいでになってふろにつかって二、三日でもどうぞ泊まってくださいという要請がありま
した。副知事に伝えましたら、一人はお金がかかることでしょうという話でした。この人はこんなときに
金の話をしているんだなと思いました。隣にもう一人の副知事がおりました。いや、それはいいアイデア
だからどんどんそういうものは活用しましょうと。しかし安くしてもらわなければならないですねという
話でした。前知事はおりませんでした。翌日、またそういう話が持ち上がりまして、現知事になったら、
お金のことは言わないことにしましょうと。まず被災地の皆さんにふろにでも入ってもらって元気を取り
戻していただいて、復興に気持ちを向けるような応援を県がしないでどうするのですかという話を聞きま
した。三者三様でした。そういうものを見ていると、行政のトップのかたがたが、責任を持ってどう県民
の幸せを願って行政をやるのかという生きざまを見せていただいたような気がいたしました。しっかり取
り組んでいただきたいという意味で申し上げているわけです。
 今日は行政の皆さんが大勢おられますけれども、農林水産部長にこのようなことを聞くと非常に酷かも
しれませんけれども、農林水産部長として就任されて、この4月から総務部長になられるということです
が、皆さんも自分が与えられた任期の間にその所轄の担当部局の仕事をどう前向きに進めていくか、これ
は非常に皆さんに課せられた責任だと思います。今度農林水産部長は総務部長に転出されるわけですけれ
ども、農林水産部長に就任されて、この間にトップとして関係する課長はじめ職員の皆さんにどういう方
針を立ててやられたか。そしてその成果はどれくらいあったか、それを少しお聞かせいただきたいと思い
ます。そして、それがまたこの次に部長になられる方、あるいは課長になられる方の指針にもなろうかと
思いますので、御感想をお伺いいたしたいと思います。

◎農林水産部長
農林水産部長になってからということでございますが、非常に面はゆい思いでございます。副部長に就任
した当時、私自身が農林水産部は初めての経験でございまして、聞くこと見ること皆初めてでございまし
た。そういった面で、各課長あるいは部局の皆さんからいろいろ教えていただいてきたわけでございます。
 一つ、私の方は目線をどこに置くかということが重要なのではないかと。自分自身が分からないもので
すから、それを弁護する意味もありまして、できるだけ分からない言葉、専門的な言葉ではなくて、全く
知らない方でも農林水産部が何をしようとしているのかということを分かりやすく、100パーセント正確
な表現でなくとも、70パーセントは方向をきちんと一般県民の方、そして一般農家の方に理解できるよう
な形での仕事をするべきではないかと考えてやってまいりました。それと、やはり既存の流れの中で物事
を疑ってみるべきではないだろうかと。先ほど来いろいろお話がありましたが、特に農政の場合は、戦後
農政のいろいろな動きの中で、最初は農家のためにできた団体が今現実にどうなっているのか、そういっ
たようなことを真剣にみんなで話し合い、新潟県の農家、農林水産業に携わるかたがたにとって何が一番
いいのか、霞が関がこう言ったからということではなくて、新潟県の農業をどのようにしていくかという
ことを、もっと現場の人たちと意見を交わえながら分かりやすく進めていければという気持ちでやってま
いった次第でございます。

◆石井修委員
私は余りこの種のことは、回顧録めいたものを出されますので、こちらも回顧録でいってみようかという
気があるものですから今言っているので、一人で新潟県政を12年間おやりになった節のようなこういうも
のがマスコミに載りますと、頭がおかしいのではないかと思うのです。議員は無視していいと書いてある
わけですから、何という方だったのだろうと。あなたが言うなら私も言わせてもらうぞと。あなたの県政
12年間は、県民からすれば日銀の支店長出身者であれば経済人のトップであろうと誤解をして、私に言わ
せれば新潟県の総務部の統計課長でしかないじゃないかと。あなたが実際に民間企業にお金を貸して焦げ
ついたものをどうしたか、取れないものをどういう回収をしたかという現場のぎりぎりのお金を取り扱っ
た知事であったのかどうかという反論をしてみたいと思います。あなたは何をおやりになったのか。万代
島が見えますけれども、この間またガラスが割れていましたね。一番最初にクレーンが落ちたじゃないで
すか。連絡デッキも落ちました。竣工式のパーティーのあいさつで自分が頭からつんのめって壇上から落
ちたじゃないですかと言いたくなるのです、こういうものを書かれますと。農林水産部の審議とは全く関
係ないといっても、農林水産部の上にいた知事の所業です。知事も替わったことだし、心して皆さんも12
年間の検証をなさっていただきたい。県の予算の一律10パーセントカット、この発想の原点は何かという
と日銀支店長の発想でしかありません。何を改革したのか。自分だけいい子になっていたというだけの話
です。変化を求めるという言葉がありますが、変化というのはある意味では夢かもしれません。新潟県の
行政に携わっている皆さんが、農林水産業の場における変化、変革、農民に対する夢をどう提供するかと
いうことも、私は皆さんに課せられた使命だと思いますけれども、どうお思いになられますか。

◎農林水産部長
今委員のおっしゃるとおりだと思います。私ども農林水産部としては農林水産業に携わるかたがたに夢、
少しはこれから変わってくるのだという形でのメッセージを送ることが必要であると考えています。

◆石井修委員
雪印乳業株式会社のような風評が立って、あれだけの素晴らしい巨大な企業が一夜にしてなくなりました。
我が新潟県の農業もそれを抱えているのです。先行きの見通しのいいことばかりではありません。総合的
に考えれば、早ければ2年後には農業が市場経済に移行されるのでしょう。安全で安心できるような食料
でなければ、生産どころか電気がま付きで中国に売りましょうなどという話の大もとがなくなるのです。
遅くとも5年後に農業を市場経済に移行してしまうということになったら、農業大県の我が新潟県の先行
きはどうなるのでしょうか。

◎農林水産部長
新潟県の農業のこれからということでございますが、私がこの2年間やってきて考えておりますのは、今
石井委員おっしゃいましたように、先ほど来中国からの農産物の輸入だとか日本の農産物を中国で売るだ
とか、いろいろな形での動きが出てくると思います。これは市場経済で日本が生きている限り避けては通
れない道であろうかと思います。その中で、農業の中で、なおかつ、今輸出等いろいろやっておりますが
そういった市場経済の中で打ち勝っていくエリア、それともう一つは国土、国家を守るという、国民の食
生活を守るという視点での施策といったものに分けて、これからは施策を展開していく必要があるのでは
ないかと考えております。

◆石井修委員
阿賀野川の沿線以北、私どもの市であります、加治川沿線以南、大変な問題を抱えております。私はこの
6年間取り組んでおりますけれども、それに対する農業の基盤整備はほとんど手が着けられていない。昨
年の2月定例会において初めて、30年も水は十分だったということを言い続けてきて、これは末端の自治
体も県も国もそうです、信濃川水系土地改良調査管理事務所もそうです。水は十分だと30年間言ってきた
のです。30年間輪番制で水を分け合ってきたのです。それでも水は十分だと豪語してやってこられた。昨
年2月定例会のこの次の農地部の審議の時に初めて水が足りないということを認めました。前から足りな
いことは分かっていても、前任者がそう言ってきたことを自分の代では言い変えられないのだということ
で抵抗があったのでしょう、昨年、ようやくそれを認めました。
 あそこは何万町歩もあるわけですが、問題を抱えております。それに対する県の対応、国の対応、私は
いろいろやってみました。政治家はすぐやりなさいと言います。行政は20年かかりますと言います。新潟
県の地図を見ますと、阿賀野川沿線以北、加治川沿線以南、ちょうど新潟県が減反をしようと思う地区で
す。あそこを減反すればよそは何も減反しなくてもいいのです。それくらいの広大な地域に問題がありな
がら、行政として前向きに真摯(しんし)に対応していない。これ以上のことは言いませんが、部長は御
存じのはずです。その対応をどうするのか、これをやらない限り、20年後などと言ったら、市場経済に移
行したらどうにもならないです。
 前にある課長にお聞きしたら、水が足りないのだから集落排水事業をやっている、集落排水事業という
のは下水でしょう、大便したときだけ水を流して小便をしたときは流さない方が水はかかりませんという
話をしてくれた、今はおられませんけれども、そう言った課長もおりました、この部局に。それなら、今
全国で展開されている集落排水事業などやめればいいわけです。水のある所はやってもいいけれども、な
い所は3回に1回水を流せばいいという話です。そのような話が通用するわけがないのです。この問題を
本気で農林水産部、特に皆さんの場合はハードの部分ではなくて政策部門をやっておられるわけですから、
強くそういう意識を持って、真剣に、真正面に取り組んでいただかなければ、中国に炊飯器付きのなどと
いう話以前の問題なのです。
 そういうものを我が県は抱えているということを、御認識なさっているはずですけれども、これからど
う対応しますか。

◎農林水産部長
各地域における農業の振興、ハードとソフトをどのような形で進めていくかということかと思います。私
は、いろいろな予算が減ってくるとかハードありきではないと思います。今委員お話の、いわゆる地域で
作っております農産物、お米、いかに安全で安心なお米を、なおかつ、おいしい、他の地域と差別化した
形でのお米を生産していくか、そして農家の所得を上げていくか、これがまず一番起点にあろうかと思い
ます。そのいろいろな形での対応の中で、一つは品質管理のためにどうしようかとか、そのために、もし
水が必要であればどのくらいの水が必要なのだろうかと、あるいは、農地の集積というものを図らなけれ
ばいけないということであれば、それをどうするかと。それぞれそこの地域が自分のところの農産物をど
う作っていくか、これをまず決めることが先決ではなかろうかと思っております。その手段として、ハー
ドがあるわけでございます。
 私としては、今委員の御指摘された地域については、まず地域が主体となった形での米づくり、他の地
域に負けない米づくりをどう進めていくかというような、協議会なり検討会を立ち上げて、そこで自らの
問題としていろいろな形での問題点を検討し、その中で県なりがどのような形でかかわっていけばいいの
かということを検討してまいりたいと考えております。

◆石井修委員
大変幸いなことに、新知事の父親は県職員、農地部の職員でした。ですからこの点は恐らく相当なプロだ
と思います。しっかり新しい知事と組んで前向きの対応を是非お願いしたいと思います。
 あと、これはまた注意されるかもしれませんが、我が新潟県でインターネットを取り入れて庁内LAN
を作って、今どの県職員の前にいってもパソコンがあってインターネットが使えます。その口火を切った
のは、農林水産部長ではなかったころの部長が口火を切ったと私は認識しておりまして、私はその同時期
に一緒に勉強させていただいた一人として、新潟県は遅れていると思っておりました。ところが、ある人
が知恵をつけてくれまして、内々に聞いたのですけれども、新潟県のそういうものは全国で41番目、最下
位の方だったのですが、なぜ昨年全国1位になったのですか。自治体サイト・ユーザビリティ調査で新潟
県のホームページはトップだというのでしょう。なぜそうなったのか説明を、農林水産部長としてではな
くて、プロとして一つお伺いしたいと思います。

◎農林水産部長
情報の話になりますと私は恥ずかしいのですが、そのときは仕事でそういうことをしていたのですが、そ
の後怠けておりまして、パソコンも1週間に1度開くかどうかのような状況で、情報の方には疎くなって
きました。今ほどのお話、前に委員の方からお話がございました、どのような形でやったのかと。なかな
かアクセス件数も伸びない、あるいは県民から、せっかく作った県のホームページが利用されないじゃな
いかというような声がある中で、ある若手の職員を中心にこのホームページ自体を変えていこうじゃない
かという検討がなされました。そして一昨年ですか、そのような形でのホームページの改革をして、それ
がいろいろな形での評価点数等で県、市町村を合わせた形でも全国で1番だというような評価がなされて
いると聞いております。

◆石井修委員
もう少し詳しくお願いします。これをもらっても、実は片仮名で書いてあって、全国一の81点の点数がつ
いていて、2番目でなくてよかったですね、岐阜県から来た知事が岐阜県が上で新潟県は下だと、私の勤
めていた岐阜県の方が上でしょうと威張られなくて済んだなと思うのですが、新潟県が81点で全国2位が
72点というから約10点くらい離しているわけですけれども、宮城県が3位で71点だと、ここの差はないの
ですけれども、断トツで新潟県が上だと。何の理由かなと思ったのですが、全部片仮名で書いてありまし
て、頭が悪いものですから、トップページユーザビリティとかサイトユーザビリティ、アクセシビリティ
と、これは全然意味が分からないのですけれども、これが分かる方いますか。

◎農林水産部長
先ほどお昼休みに一生懸命調べてきました。トップページユーザビリティということについては、いわゆ
る画面のトップページをぱっと見たときに何ができるのかというものが分かる。ここからはどこにリンク
していけばいいのかなと、例えば観光の情報であればここを見るとすぐにその先へ進めるような設計がな
されているというのが、このトップページユーザビリティということだそうでございます。それから、サ
イトユーザビリティについては、いわゆるそこの画面が、それぞれごとに非常に個性的でその人の趣味に
よって変わってくる、見ていて非常に探しづらいということで、そういったものがある程度統一化された
形での設計がなされているということだそうです。それから、アクセシビリティについては、これはどれ
くらいアクセスがしやすいかというお話だそうでございます。それから、インタラクティブについては、
いわゆる本庁の住所だとか電話番号だとかあるいは各行政のいろいろなセクションが、一覧的にすぐ分か
るような形になっているかということだそうです。したがいまして、内容というよりも、そのホームペー
ジにアクセスする人が求めているもの、100人いれば100様だと思いますが、そういったものをいろいろな
方が共通して探しやすい、自分の求める情報に到達しやすいような形での設計がなされているというよう
なことでの評価であると聞いております。